特養の光熱費・食材費はなぜ経営を圧迫しているのか
特別養護老人ホームの運営費のうち、光熱水費と食材費は人件費に次いで施設経営を左右する固定費です。電気・ガス料金の値上げや食材の仕入れ価格上昇は、介護報酬という公定価格の枠組みの中で吸収しなければならず、一般の飲食業やサービス業のように価格転嫁を柔軟に行うことができません。
特養の食費・居住費は介護保険法に基づく基準費用額という仕組みで上限の目安が定められており、施設が独自に金額を引き上げるには手続きと根拠が必要です。まずこの基準費用額の仕組みを正しく理解することが、光熱費・食材費高騰対策の出発点になります。
基準費用額とは何か、何が改定されたのか
基準費用額の位置づけ
基準費用額は、介護保険施設に入所する利用者が負担する食費・居住費の標準的な額として国が示す金額です。施設は原則としてこの基準費用額の範囲内で実費を徴収し、これを超えて徴収する場合は施設と利用者との契約に基づく必要があります。低所得者に対しては負担限度額が別に定められており、基準費用額との差額が特定入所者介護サービス費として介護保険から給付される仕組みになっています。
令和6年8月の見直し内容
物価高騰や人件費上昇を踏まえ、食費・居住費の基準費用額は令和6年8月から見直されました。改定の考え方として押さえておきたいポイントは次の通りです。
- 食費の基準費用額は日額で引き上げられた
- 居住費についても多床室・従来型個室・ユニット型個室のいずれも引き上げられた
- 見直しの背景には食材料費や水道光熱費の上昇分が考慮されている
- 低所得者に対する負担限度額(第1段階〜第3段階)は据え置かれた区分がある
この改定により、施設が徴収できる食費・居住費の上限は引き上げられましたが、これはあくまで基準費用額の見直しであり、実際に施設が徴収する額を自動的に引き上げるものではない点に注意が必要です。契約書や重要事項説明書の記載を見直し、利用者・家族への説明と同意手続きを経て初めて新しい額を適用できます。
高騰分をどこまで利用者負担に転嫁できるか
光熱費・食材費が高騰しても、施設が一方的に負担額を引き上げることはできません。実務上のポイントを整理します。
- 食費・居住費の見直しは基準費用額の範囲内であっても契約変更手続きが必要
- 基準費用額を超える金額を徴収する場合は、運営規程や重要事項説明書にその根拠と金額を明示し、利用者の同意を得る
- 特定入所者介護サービス費(補足給付)を受けている利用者については、負担限度額の区分に応じた取り扱いを誤らないよう留意する
- 変更後は利用者・家族への説明会や書面での周知を行い、記録を残す
特に補足給付対象者が多い施設では、基準費用額の引き上げがそのまま施設収入の増加につながるわけではなく、負担限度額との差額分は介護保険給付でまかなわれる構造になっています。このため、施設として実際に増収効果が見込めるのは基準費用額以上を負担できる利用者からの徴収分に限られることを踏まえて、コスト管理の計画を立てる必要があります。
施設でできるコスト管理の具体的手法
基準費用額の改定だけでは高騰分をすべて吸収できないため、施設側の原価管理も並行して行う必要があります。
食材費管理のチェックリスト
- 給食委託契約の単価と食数の内訳を年1回以上見直しているか
- 同一法人内の複数施設で食材の共同購入を検討しているか
- 行事食・加算食(療養食加算など)のコストを個別に把握しているか
- 食品ロス(提供量と喫食量の差)を定期的に記録しているか
- 旬の食材を活用した献立でコスト変動を平準化しているか
- 委託業者からの値上げ要請に対する交渉窓口と根拠資料が整理されているか
光熱費管理のチェックリスト
- 電力・ガスの契約プランを複数年契約や新電力への切り替えも含めて比較検討しているか
- 照明のLED化、空調設備の更新など省エネ投資の投資回収年数を試算しているか
- ユニットごと・フロアごとの電気・水道使用量を月次でモニタリングしているか
- 夜間・早朝の空調設定や共用部の照明時間を見直しているか
- 給湯設備の稼働時間や温度設定が入浴介助の実態に合っているか
- 太陽光発電設備など自家発電の導入余地を検討しているか
これらの取り組みは単年度で大きな削減効果を生むものではありませんが、光熱費・食材費という変動費の管理を仕組み化することで、報酬改定や基準費用額改定に左右されにくい経営体質をつくることにつながります。
社会福祉法人等による利用者負担軽減制度との関係
食費・居住費の負担が増えることで、低所得の利用者やその家族への影響が懸念される場合には、社会福祉法人等による利用者負担軽減制度の活用も検討します。この制度は、社会福祉法人等が一定の要件を満たす低所得利用者の利用者負担を軽減した場合に、その軽減相当額の一部について公費助成が受けられる仕組みです。対象となる利用者要件や軽減割合は市町村の実施要綱に基づくため、基準費用額の改定に合わせて自治体の窓口へ確認しておくことをお勧めします。
実地指導・監査で確認されやすいポイント
食費・居住費の見直しに関連して、実地指導では次のような点が確認されることがあります。
- 重要事項説明書・契約書に記載された食費・居住費の額と、実際に徴収している額が一致しているか
- 金額変更時に利用者・家族への説明と同意取得の記録が残っているか
- 基準費用額を超える金額を徴収している場合、その根拠となる運営規程の定めがあるか
- 特定入所者介護サービス費の対象者について、負担限度額区分の確認と更新手続きが適切に行われているか
光熱費・食材費の高騰対策として金額を見直す際は、こうした記録整備までを一連の手続きとして行うことが、後の指摘リスクを避けるうえで重要です。
まとめ
特養の光熱費・食材費高騰への対策は、基準費用額の改定内容を正しく理解し、契約変更や説明同意といった手続きを適切に行うことが土台になります。そのうえで、食材費の委託契約見直しや光熱水費のモニタリングなど、施設内部での原価管理の仕組みを継続的に運用することが、報酬制度に左右されにくい経営体質づくりにつながります。基準費用額の改定は数年ごとに見込まれるため、今回の見直し内容を機に、契約書・重要事項説明書・コスト管理の記録体制を一度点検しておくことをお勧めします。
出典
- 厚生労働省 介護保険施設等における食費及び居住費の基準費用額の見直しについて https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/index.html
- 厚生労働省 特定入所者介護サービス費(補足給付)に関する制度案内 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/index.html
- 厚生労働省 社会福祉法人等による利用者負担軽減制度の実施について https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/index.html