特養の感染症BCPはなぜ夜間を想定して作る必要があるのか
特養では新型コロナウイルス感染症の流行を契機に、感染症や災害発生時にサービス提供を継続するための業務継続計画の策定が運営基準上求められるようになりました。策定が完了していない事業所への経過措置期間は令和6年度末までとされ、それ以降は運営基準減算の対象となる仕組みが設けられています。
多くの施設がBCPの様式自体は整備していますが、実際に機能するかどうかは夜間帯を想定した内容になっているかにかかっています。日中は看護職員や生活相談員、管理者が揃っていますが、夜間は介護職員が1ユニットあたり数名という体制で入所者の急変や感染症の初期対応にあたらなければなりません。昼間の体制を前提にしたBCPでは、実際の夜間にそのまま使えないという問題が起きやすくなります。
夜間職員体制下で感染症対応が難しいのはなぜか
夜間の感染症対応が難しい理由は主に3点に整理できます。
第一に、判断できる職種が限られることです。看護職員が夜間に常駐していない施設が多く、発熱や嘔吐などの症状を見た介護職員が一次判断を迫られます。
第二に、隔離のための人手が足りないことです。感染が疑われる入所者を個室や一時隔離スペースに移動させる間も、他の入所者の見守りを止めるわけにはいきません。
第三に、連絡先の優先順位が曖昧になりやすいことです。配置医師、協力医療機関、オンコール看護師、管理者のうち誰に先に連絡すべきかが現場任せになっていると、初動が遅れます。
これらの課題は、BCPに夜間専用のフローと連絡順位をあらかじめ明記しておくことで多くが解消できます。
感染症発生時、初動30分で何をすべきか
夜間に感染症の疑いがある症状を発見した場合の標準的な動きを時系列で整理します。
発見直後から5分以内
- 発見者はマスク、手袋、必要に応じてガウンを装着する
- 対象者を他の入所者と動線が交わらない場所へ移動または居室内で隔離する
- 同室者がいる場合は一時的に別室へ移動させる準備を始める
5分から15分
- 体温、呼吸数、酸素飽和度、意識レベルなど基本的なバイタルを測定し記録する
- 管理者またはユニットリーダーに連絡する
- 配置医師またはオンコール看護師に症状と測定値を伝え、指示を仰ぐ
15分から30分
- 同室者や同じフロアの入所者の健康観察を行い、発熱や呼吸器症状の有無を確認する
- 発見時刻、症状、連絡した相手と内容を時系列で記録に残す
- 一人夜勤や二人夜勤の場合は、他ユニットや宿直者への応援要請を判断する
30分から1時間
- 配置医師の指示に基づき、協力医療機関への受診調整または救急要請を行う
- 施設内で経過観察とする場合は、観察間隔と報告先を明確にする
- 保健所への報告が必要な状況かどうかを管理者が判断する
翌朝
- 夜間の対応内容を日勤職員と看護職員に申し送る
- 施設全体でBCPを発動するかどうかを協議する
- 家族への連絡方針を統一する
救急搬送と施設内経過観察はどう判断するか
夜間は医師が不在であることが多く、搬送の要否を介護職員や看護職員が実質的に判断せざるを得ない場面があります。判断に迷う時間を減らすため、あらかじめ配置医師と相談し、次のような基準を文書化しておくことが有効です。
| 状態 | 対応の目安 |
|---|---|
| 意識レベルの明らかな低下 | 救急搬送を優先し、搬送後に配置医師へ報告 |
| 呼吸困難や酸素飽和度の著しい低下 | 配置医師へ即連絡、指示に基づき搬送判断 |
| 発熱のみで全身状態が安定 | 配置医師へ連絡し経過観察、翌朝再評価 |
| 嘔吐や下痢のみで脱水所見なし | 水分摂取を促し経過観察、記録を継続 |
この表はあくまで現場での目安であり、最終的な搬送可否は配置医師の指示と施設の取り決めに基づいて判断します。重要なのは、判断基準を職員個人の経験に委ねず、文書として共有しておくことです。
夜勤職員は誰に、いつ、何を報告すべきか
連絡体制が曖昧だと、せっかく症状に気づいても対応が後手に回ります。連絡網は次の順序で整理しておくと実務上わかりやすくなります。
- 施設内の管理者またはユニットリーダーへの一報
- 配置医師またはオンコール対応の看護師への症状報告
- 協力医療機関への受診調整が必要な場合の連絡
- 感染症の拡大が疑われる場合の保健所への相談
- 家族への状況説明
連絡先の電話番号と優先順位を一覧にしたものを各ユニットの詰所やナースステーションに掲示しておくと、夜勤者が慌てずに動けます。
BCP未策定だと運営上どのようなリスクがあるのか
業務継続計画の策定は運営基準上の義務であり、未策定のまま経過措置期間を過ぎると運営基準減算の対象となります。加えて、実地指導の際にはBCPの内容だけでなく、職員が内容を理解し訓練を行っているかどうかも確認対象になります。文書を整えるだけでなく、夜間を想定した訓練や研修を定期的に実施し、その記録を残しておくことが運営指導への備えとして重要です。
初動対応チェックリスト
夜勤者がその場で確認できるよう、初動対応の要点をチェックリストの形で整理しておきます。
- 個人防護具は装着したか
- 対象者を隔離し動線を分離したか
- バイタルを測定し記録したか
- 管理者に一報を入れたか
- 配置医師またはオンコール看護師に連絡したか
- 同室者や周辺の入所者の健康観察を行ったか
- 搬送の要否について指示を受けたか
- 発見から対応までの時系列を記録に残したか
- 翌朝の申し送り内容を整理したか
まとめ
特養の感染症BCPは、日中の体制を前提に作るだけでは夜間の現場で機能しません。発見から30分の動きを時系列で明文化し、搬送可否の判断基準と連絡の優先順位をあらかじめ職員間で共有しておくことが、少人数の夜間体制でも初動の遅れを防ぐ鍵になります。BCPは策定して終わりではなく、夜間を想定した訓練と記録の積み重ねによって初めて実効性を持ちます。
出典
- 厚生労働省 介護施設・事業所における感染症発生時の業務継続ガイドライン https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/index.html
- 厚生労働省 令和6年度介護報酬改定の主な事項について https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/index.html
- 厚生労働省 社会福祉施設等における感染拡大防止のための留意点について https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/index.html