特養の運営では、介護報酬の改定動向や加算の算定状況に目が向きがちですが、日々の収支を左右しているのは稼働率と人件費率という二つの基礎指標です。この記事では、特養の施設長・事務長が月次で確認すべき経営指標の算出方法と、悪化したときに見るべきポイントを整理します。
なぜ稼働率と人件費率に注目するのか
特養の収益は入所者数に連動する介護報酬がほぼすべてです。入所者が定員に満たない状態が続けば収益は確実に目減りします。一方で費用の大半を占めるのは人件費であり、人員配置基準を満たしながら効率的な勤務体制を組めているかが収支を左右します。つまり、稼働率は収益側の健全性を、人件費率は費用側の健全性をそれぞれ映す指標であり、この二つを組み合わせて見ることで経営の全体像がつかめます。
厚生労働省が実施する介護事業経営実態調査では、特別養護老人ホームを含む介護サービス種別ごとに収支差率や給与費対収益比率が集計されています。自施設の数値を単独で見るだけでなく、こうした公表資料の集計傾向と照らし合わせることで、自施設の立ち位置を客観的に把握できます。
稼働率の算出と点検ポイント
稼働率は次の式で算出します。
稼働率=延べ利用者数 ÷(定員 × 稼働日数)× 100
特養は入院や看取りによる空床が一定数発生する施設であるため、稼働率が常に100パーセントに近い状態を維持するのは現実的ではありません。重要なのは、空床が発生してから次の入所者が決まるまでの期間をどれだけ短縮できているかです。点検の視点を整理すると次のようになります。
- 退所理由の内訳(入院、死亡、他施設への転所など)を月次で分類しているか
- 入院時の空床期間が長期化していないか、ベッドキープの運用基準を定めているか
- 待機者名簿の更新頻度と、入所判定委員会の開催間隔が稼働率の回復速度に影響していないか
- ショートステイの空床を特養の本体ベッドに振り替える運用ルールが明確か
稼働率の低下が続く場合、原因が外部要因(地域の人口動態、競合施設の増加)なのか、内部要因(入所判定の遅さ、受入条件の厳しさ)なのかを切り分けることが改善の出発点になります。
人件費率の算出と点検ポイント
人件費率は次の式で算出します。
人件費率=人件費 ÷ 介護事業収益 × 100
特養は人員配置基準上、介護職員及び看護職員を入所者数に応じて配置する必要があり、これは介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準に定められています。基準を満たすための最低限の人件費は固定費に近い性質を持ちますが、それを超える部分、具体的には夜勤体制の手厚さ、処遇改善に伴う賃金水準、欠員時の派遣会社利用などは管理可能な変動要素です。点検の視点は次の通りです。
- 常勤換算での配置人数が基準上の必要数とどの程度の差があるか
- 夜勤職員配置加算など、加算算定に伴う人員増がどの程度収益に反映されているか
- 派遣職員や紹介会社経由の採用に依存している割合と、その手数料負担
- 処遇改善加算の配分方法が人件費率の構造にどう影響しているか
人件費率が高いこと自体が問題とは限りません。処遇改善を通じて職員の定着が進み、採用コストや教育コストが下がっているのであれば、中長期的には収支改善につながります。重要なのは、人件費率の増減を単月で判断せず、離職率や採用コストとあわせて複数年のトレンドで見ることです。
月次で確認する経営指標チェックリスト
経営会議や法人の理事会に報告する際、次の項目を定型フォーマットとして用意しておくと、毎月の比較がしやすくなります。
- 稼働率(当月実績、前月比、前年同月比)
- 延べ利用者数と定員充足率
- 退所理由別の件数と空床発生日数
- 人件費率(当月実績、前月比、前年同月比)
- 常勤換算職員数と配置基準上の必要数との差
- 派遣職員利用日数と関連費用
- 看護体制加算、看取り介護加算など医療連携系加算の算定単位数
このチェックリストを毎月同じフォーマットで積み上げることで、数値のぶれが一時的なものか構造的なものかを判断しやすくなります。
加算算定との関係を忘れない
稼働率や人件費率の改善は、加算の算定状況と切り離して考えることはできません。看護体制加算や夜勤職員配置加算は、一定の人員配置や勤務実績を満たすことで算定できますが、これは人件費を増やす一方で収益も増やす構造を持っています。人件費率だけを見て職員配置を削減すると、結果として算定できる加算を取りこぼし、総収益が下がるという本末転倒な結果になりかねません。経営指標の分析では、人件費の絶対額だけでなく、その人員配置によってどの加算が算定可能になっているかをセットで確認する視点が欠かせません。
まとめ
特養の収支改善は、稼働率と人件費率という二つの基礎指標を定点観測することから始まります。稼働率は空床発生から次の入所までの期間短縮が鍵であり、人件費率は配置基準を満たした上での変動費部分の管理が鍵になります。どちらも単月の数値だけで判断せず、複数月、複数年のトレンドと加算算定の状況をあわせて確認することで、実態に即した収支改善の打ち手が見えてきます。
出典
- 厚生労働省 介護事業経営実態調査 https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/125-1.html
- 介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準(平成11年厚生省令第39号) https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=411M50000100039