特養では配置医師と訪問診療医、協力医療機関の主治医など、入所者一人に複数の処方経路が存在することが珍しくありません。処方の情報が施設内で一元管理されていないと、同じ効能の薬剤が重複して処方される二重処方や、変更後の薬剤情報が現場に伝わらない誤薬が起きやすくなります。本記事では、なぜこうした事故が起きるのかを整理したうえで、訪問診療医とのICT情報共有によって防ぐための実務手順をまとめます。
なぜ特養で誤薬・二重処方が起きやすいのか
特養の入所者は複数の疾患を抱え、内服薬の種類が多くなる傾向があります。厚生労働省の高齢者の医薬品適正使用の指針では、内服薬剤数が多くなるほど薬物有害事象の発生頻度が上昇する可能性が指摘されており、処方数の管理そのものが安全対策の起点になります。
特養特有の要因として、次の3点が挙げられます。
第一に処方経路の複数化です。配置医師による定期診察に加え、皮膚科や精神科など専門領域は訪問診療医が別途関わることがあり、双方が同じ入所者の処方内容を把握しきれない場面が生じます。
第二に情報の記録媒体の分断です。配置医師の処方は施設の看護記録に、訪問診療医の処方は診療情報提供書や別のノートに記載されるなど、記録の置き場所が分かれていると突き合わせに時間がかかります。
第三に薬局との連携タイミングのずれです。処方変更が薬局に届いてから施設の服薬カートに反映されるまでにタイムラグがあると、変更前の薬剤がそのまま配薬されるリスクが残ります。
情報共有はどこで途切れるのか
誤薬・二重処方の多くは、情報が伝わらなかったのではなく伝わるタイミングが遅れたことで起きています。途切れやすいポイントを整理すると次のとおりです。
| 場面 | 起きやすい問題 |
|---|---|
| 診察直後 | 処方変更が口頭伝達のみで記録が後回しになる |
| 夜間・休日 | 配置医師不在時に訪問診療医の処方変更が伝わらない |
| 薬局とのやり取り | 変更後の調剤が届くまでの数日間、旧薬が配薬される |
| 多職種間の申し送り | 介護職員が薬剤変更の理由を把握できていない |
| 家族の持ち込み薬 | 外部受診による処方が施設記録に反映されない |
これらはいずれも、情報を紙やその場限りの口頭伝達に依存していることが根本原因です。ICTによる共有はこの伝達の遅れそのものを縮める手段になります。
ICT連携で何が変わるのか
ICT連携の目的は、処方内容を誰が見ても同じ情報にたどり着ける状態を作ることです。具体的には次のような機能が有効です。
服薬情報の一元記録です。配置医師と訪問診療医それぞれの処方内容を同一のシステムに入力し、変更履歴が時系列で残るようにします。誰がいつ何を変更したかが分かれば、重複処方の発見が容易になります。
アラート機能の活用です。同一薬効分類の薬剤が重複登録された場合に警告が出る仕組みがあれば、入力時点で二重処方を防げます。
薬局との情報連携です。処方内容の変更を薬局側にも同時に共有できれば、調剤の反映遅れによる誤薬を減らせます。
多職種での閲覧権限の整備です。看護職員だけでなく介護職員も必要な範囲で服薬変更の情報を確認できるようにすることで、配薬時のダブルチェックが機能しやすくなります。
なお、ICTシステムを導入しても、入力の徹底と運用ルールが伴わなければ効果は出ません。次の章では現場で確認すべきチェックリストを示します。
現場で使えるチェックリストは
訪問診療医との情報共有を点検する際は、次の項目を確認してください。
処方情報の記録について
- 訪問診療医の処方内容は診察当日中に施設の記録システムへ反映されているか
- 配置医師の処方内容と訪問診療医の処方内容を同じ画面または同じ記録簿で確認できるか
- 処方変更の理由が記録に残っているか
薬局との連携について
- 処方変更が発生した際、薬局への連絡と施設側の服薬カート更新のタイムラグを把握しているか
- 疑義照会が発生した場合の記録様式が統一されているか
職員間の申し送りについて
- 介護職員が薬剤変更の内容と注意点を配薬前に確認できる仕組みがあるか
- 夜勤帯の職員にも当日の処方変更情報が伝わる手順になっているか
事故発生時の対応について
- 誤薬が疑われた際の初期対応手順と配置医師への連絡ルールが明文化されているか
- 発生した事例を振り返り、記録の運用ルールを見直す機会を定期的に設けているか
家族・外部受診の情報について
- 入所者が外部受診した際の処方内容を施設側が確認する仕組みがあるか
- 持ち込み薬の管理ルールが職員に周知されているか
導入する際に何を確認すべきか
ICTツールを選定する際は、機能の豊富さよりも日々の運用に組み込めるかどうかを優先して確認します。具体的には、既存の看護記録や介護記録との連携が可能か、訪問診療医側の端末からも入力・閲覧ができるか、夜間休日の配置医師への連絡体制と連動できるかといった点です。特養の配置医師緊急時対応加算は、配置医師との連絡体制が整っていることを前提とした加算であり、こうした情報共有の仕組みは緊急時対応の質にも関わります。加算の算定要件は施設ごとに運用が異なる場合があるため、告示・通知の内容を都度確認しながら体制を整えることが求められます。
導入後は、入力ルールを定めるだけでなく、月次程度で記録の運用状況を振り返る機会を設けることが望まれます。誤薬・二重処方のヒヤリハットが発生した場合は、その都度どの段階で情報が途切れたかを確認し、記録様式や連絡手順を見直していく姿勢が重要です。
まとめ
特養における誤薬・二重処方は、配置医師と訪問診療医、薬局の間で処方情報が分断されることから生じます。ICTを活用した情報共有は、処方変更の記録を一元化し、重複や伝達遅れを早期に発見する手段になります。ただし仕組みを導入するだけでなく、入力の徹底、多職種への周知、事故発生時の振り返りといった運用面の整備が伴って初めて効果を発揮します。まずは自施設の情報伝達がどこで途切れやすいかを点検することから始めてください。
出典
- 厚生労働省「高齢者の医薬品適正使用の指針(総論編)」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000208195.html
- 厚生労働省「指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準」(厚生省令第三十九号) https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=80889000&dataType=0
- 厚生労働省「介護報酬の算定構造」(配置医師緊急時対応加算関連通知) https://www.mhlw.go.jp/stf/kaigo-kaisei.html