特養の夜間や休日に入所者の容体が急変したとき、救急搬送をするかどうかの判断に迷う場面は少なくありません。本人の意思が分からないまま救急車を呼び、結果として本人や家族が望まない延命治療につながることもあります。こうした事態を避けるために有効なのが、配置医師と作成する事前指示書とDNARの整備です。この記事では、特養で事前指示書とDNARを整備する手順と、救急搬送の判断をぶれさせないための運用方法を整理します。
特養の救急搬送はなぜ減らないのか
特養は医療機関ではないため、夜間は看護職員が不在になる施設も多く、急変時の一次対応は介護職員が担うことになります。配置医師への連絡体制があっても、本人の意思や治療方針が共有されていなければ、現場の判断は迷いやすくなります。結果として、搬送しなくてもよいケースまで救急要請につながることがあります。
救急搬送が増える背景には、次のような要因があります。
- 本人の意思確認がされないまま入所している
- 事前指示書が存在しても夜勤職員が内容を把握していない
- 配置医師との連絡ルールが曖昧で判断が属人化している
- 家族の意向が記録に残っておらず、急変時に確認が取れない
これらは事前指示書とDNARの整備、そして情報共有の仕組み化によって一定程度解消できます。
事前指示書とDNARはどう違うのか
事前指示書とDNARは混同されやすい用語ですが、範囲が異なります。
| 項目 | 事前指示書 | DNAR |
|---|---|---|
| 内容 | 治療全般に関する方針(入院の可否、人工栄養、延命治療の範囲など) | 心肺停止時に心肺蘇生を行わないという個別の指示 |
| 作成の位置づけ | 本人や家族の意思を踏まえた包括的な文書 | 事前指示書の中に含まれる項目のひとつ |
| 適用場面 | 急変時全般の治療方針判断 | 心肺停止という限定的な場面 |
DNARはあくまで心肺蘇生に関する指示であり、搬送しないという意味ではありません。急変の状態によっては、苦痛緩和や検査のために搬送が必要になる場合もあります。事前指示書の中でDNARの範囲を明確にし、搬送の要否とは別の判断軸であることを現場に周知する必要があります。
事前指示書整備の法的な位置づけとは
事前指示書そのものを義務づける個別の介護保険上の規定はありませんが、本人の意思決定支援という考え方は、厚生労働省の人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドラインに基づいています。このガイドラインは、本人の意思を確認し、本人家族と医療・ケアチームが繰り返し話し合うプロセス(人生会議、ACP)を重視しています。
特養の看取り介護加算の算定要件でも、医師、看護職員、介護職員等の多職種が共同で作成する看取りに関する指針に基づき、本人や家族への説明と同意を得ながらケアを行うことが求められています。事前指示書は、この指針を個別の入所者に当てはめた具体的な文書と位置づけることができます。
配置医師と事前指示書をどう作成するか
事前指示書は配置医師が単独で作るものではなく、本人や家族との面談を踏まえて作成します。実務上の流れは次のとおりです。
作成手順
- 入所時またはケアプラン見直し時に、本人家族の意思確認の機会を設ける
- 看護職員が生活状況や既往歴を整理し、配置医師に情報提供する
- 配置医師が本人家族と面談し、治療方針の希望を確認する
- 面談内容をもとに事前指示書の案を作成する
- 本人または家族の署名を得て正式な文書とする
- 介護職員も含めた多職種で内容を共有する
記載すべき項目チェックリスト
事前指示書に最低限盛り込みたい項目を整理します。
- 本人の氏名、面談日、面談に同席した家族の続柄
- 延命治療に関する希望(人工呼吸器、人工栄養、輸血など)
- 心肺蘇生に関する希望(DNARの有無)
- 入院や搬送に関する希望の範囲
- 苦痛緩和のための処置に関する希望
- 方針を変更したい場合の連絡先と手続き
- 配置医師、看護職員、家族それぞれの署名欄
書式は施設ごとに独自のものを作成して構いませんが、看取りに関する指針と矛盾しないよう整合性を確認しておくことが大切です。
DNAR指示はどう記録し共有するか
DNARの指示は、事前指示書の中に明記したうえで、次の方法で現場に周知します。
- ケース記録や医療情報シートの目立つ位置に記載する
- 夜勤職員が確認できる申し送りノートや電子記録に反映する
- 定期的なカンファレンスで内容が古くなっていないか確認する
- 本人の状態変化や家族の意向変化があった際は速やかに見直す
DNARの指示は一度作成したら終わりではなく、状態の変化に応じて見直す前提で運用することが実務上重要です。特に家族が複数いる場合は、誰が意思決定の窓口になるかをあらかじめ決めておくと、急変時の混乱を防げます。
夜間休日の急変時、指示書はどう使うか
夜間や休日に容体が急変した場合、看護職員や介護職員は事前指示書とDNARの内容を確認したうえで、配置医師に連絡を取ります。配置医師緊急時対応加算は、配置医師が施設からの求めに応じて早朝や夜間、深夜に緊急の対応を行った場合に算定できる加算であり、事前指示書があることで連絡の判断基準が明確になり、オンコール対応もスムーズになります。
搬送判断フロー
急変時の対応は次の順序で整理しておくと、現場の判断がぶれにくくなります。
- バイタルサインと症状を確認する
- 事前指示書とDNARの内容を確認する
- 配置医師に連絡し、指示を仰ぐ
- 配置医師の指示に基づき、施設内対応か搬送かを判断する
- 判断の経緯と連絡時刻を記録に残す
このフローをマニュアル化し、夜勤者が一人でも迷わず動けるようにしておくことが、不要な救急搬送を減らすことにつながります。
運営指導で指摘されないための記録のポイント
事前指示書やDNARの運用は、実地指導や運営指導で記録の有無や整合性を確認されることがあります。次の点を押さえておくと安心です。
- 事前指示書に本人または家族の署名があるか
- 看取りに関する指針と内容が矛盾していないか
- 見直しの日付が記録されているか
- 夜間対応の記録に配置医師への連絡時刻が明記されているか
- 搬送しなかった場合も、その判断根拠が記録に残っているか
記録が整っていないと、事前指示書があっても実際の運用が不透明と判断されるおそれがあります。作成した文書は保管するだけでなく、日々の記録と紐づけて確認できる状態にしておくことが重要です。
まとめ
特養の救急搬送を減らすには、本人の意思を踏まえた事前指示書とDNARの整備が欠かせません。配置医師を中心に本人家族と繰り返し話し合い、治療方針を文書化したうえで、夜勤職員まで含めて内容を共有する仕組みが必要です。作成した文書は一度きりで終わらせず、状態変化に応じて見直し、記録と連動させて運用することで、急変時の判断のぶれを減らし、本人の意思に沿ったケアにつなげることができます。
出典
- 厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000197701.html
- e-Gov法令検索「指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準」(平成11年厚生省令第39号) https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=411M50000100039