
GHの救急搬送、その判断は正しいか?誤判断を防ぐ基準と連携プロトコル
監修: 中村 康宏(株式会社Anchor 代表取締役 / 医師)
TL;DR
救急搬送の判断ミスは、搬送が遅れて重篤化する過少搬送と、不要な搬送で本人と職員の負担が増える過剰搬送の両方が起こり得ます。バイタルサインの数値基準と意識レベル評価を軸にした判断シートを整備し、嘱託医・訪問看護・救急隊との連携プロトコルをあらかじめ取り決めておくことが、現場の迷いをなくす最も確実な方法です。
なぜGHの救急搬送判断はこれほど難しいのか
認知症グループホームでは看護師が常駐していない施設が大半で、夜間は介護職員のみで対応するケースが一般的です。厚生労働省の調査でも、認知症グループホームの約7割が看護職員の配置を訪問看護ステーションとの契約や非常勤対応で賄っており、24時間体制で看護職が常駐する施設は限られています。
この体制の中で、次のような状況が繰り返し起きています。
- 本人が症状を正確に訴えられず、判断材料が乏しい
- 職員の経験値によって搬送の閾値がばらつく
- 家族への連絡や同意取得に時間がかかり判断が遅れる
- 搬送するか経過観察するか、明確な基準が施設内にない
こうした背景から、同じ症状でも担当者によって対応が変わり、結果として誤判断につながりやすい構造になっています。
誤判断が招くリスクとは何か
救急搬送の誤判断には二つの方向性があります。
過少搬送のリスク
- 重篤化してからの搬送となり救命率が低下する
- 家族から施設の観察力を疑われ信頼関係が崩れる
- 事故報告書の作成や行政への報告対応に追われる
過剰搬送のリスク
- 本人への身体的負担、特に認知症高齢者はせん妄を誘発しやすい
- 救急外来での長時間待機がADL低下を招く
- 消防機関からの信頼低下、搬送困難地域では受け入れ拒否のリスクも上がる
ある地域の消防局のデータでは、高齢者施設からの救急要請のうち軽症判定となった割合が約3割に達するという報告もあり、過剰搬送の是正が地域全体の課題になっています。一方で施設側の判断基準が曖昧なままだと、職員は自身の責任を回避するために安易に搬送を選びやすく、これが過剰搬送を助長する構造にもなっています。
どんな基準で救急搬送を判断すべきか
判断のばらつきを減らすには、数値化できる指標を軸にすることが有効です。以下はバイタルサインの目安です。
| 項目 | 平常時の目安 | 搬送を検討する目安 |
|---|---|---|
| 体温 | 36.0〜37.0度 | 38.5度以上かつ意識変容を伴う |
| 収縮期血圧 | 110〜140mmHg | 90mmHg未満または200mmHg以上 |
| 脈拍 | 60〜90回/分 | 50回未満または120回以上 |
| SpO2 | 96%以上 | 90%未満が5分以上持続 |
| 呼吸数 | 12〜20回/分 | 10回未満または25回以上 |
意識レベルの評価にはJapan Coma Scale(JCS)を用いると職員間で共有しやすくなります。JCSでⅡ桁以上(呼びかけで開眼するが要求に応じない、簡単な命令に応じる程度)が確認された場合は搬送を強く検討する基準として設定している施設が多く見られます。
バイタル以外にも、次の症状は搬送優先度が高いサインとして判断シートに含めるべきです。
- 突然の片側麻痺や言語障害
- 転倒後の頭部打撲で嘔吐を伴う
- 持続する胸痛や呼吸困難
- 意識消失の既往
- 誤嚥後の呼吸状態悪化
これらは数値だけでは拾いきれないため、症状チェックリストとバイタル基準の両方を併用する運用が現実的です。
医療連携プロトコルはどう設計するか
判断基準を作っても、報告と連携の流れが整っていなければ現場は機能しません。プロトコルは次の三段階で設計します。
第一段階、初期観察とバイタル測定
発見から5分以内にバイタルサインを測定し、判断シートに記録します。この時点で明らかな緊急サイン(意識消失、呼吸停止、大量出血など)があれば即座に119番通報します。
第二段階、医療職への報告
緊急サインがない場合は、オンコール看護師または嘱託医に電話報告します。報告時は次のフォーマットを使うと伝達漏れが減ります。
- 発見時刻と発見時の状況
- バイタルサインの数値
- 意識レベル(JCS)
- 既往症と服薬状況
- 職員としての搬送要否の意見
第三段階、搬送要否の最終決定
医療職の判断を仰ぎ、搬送する場合は救急隊に上記情報をそのまま申し送りできるよう準備します。搬送しない場合も経過観察の頻度と再評価のタイミングを明記し、記録に残します。
搬送要否判断シートのテンプレート
現場ですぐ使える様式として、以下の項目を1枚のシートにまとめておくと運用しやすくなります。
- 発見日時、発見者名
- バイタルサイン(体温、血圧、脈拍、SpO2、呼吸数)
- 意識レベル(JCS)
- 該当する緊急サインのチェック欄
- 既往症、服薬中の薬剤
- 医療職への報告時刻と報告内容
- 搬送要否の最終判断者と根拠
- 家族への連絡時刻と反応
- 搬送後または経過観察後の状態変化
このシートを電子カルテやタブレットで運用する施設も増えており、記入から医療職への即時共有までを一つの画面で完結させることで報告漏れを防いでいます。
記録に残すべき項目とは何か
搬送判断は事後の検証対象になるため、記録の質が施設のリスク管理を左右します。最低限残すべきは次の通りです。
- 判断に至った具体的な数値とその測定時刻
- 誰が最終判断をしたか、その根拠
- 医療職とのやり取りの内容と時刻
- 家族への連絡状況と同意の有無
- 搬送後の転帰(入院、帰宅、経過観察継続など)
記録が曖昧なまま時間が経過すると、後から振り返っても改善点が見えなくなります。搬送の有無にかかわらず全件を記録し、月次のカンファレンスで振り返る運用が望ましいです。
家族への連絡と同意はどう取るか
緊急性が高い場合は同意を待たずに搬送し、事後に説明する対応が原則です。この点は入居時の重要事項説明書や契約書に明記し、事前に家族の理解を得ておく必要があります。
連絡のタイミングは次の三段階に分けて整理しておくと運用しやすくなります。
- 緊急性が高い場合、搬送決定と同時に電話連絡し詳細は後述する
- 緊急性が中程度の場合、搬送前に電話で状況説明し了承を得る
- 経過観察とする場合、その旨と再評価予定時刻を伝える
家族との連絡記録も判断シートに残し、後日のトラブル防止に役立てます。
導入後の検証と改善サイクル
判断基準とプロトコルは一度作って終わりではなく、継続的な検証が必要です。具体的には次のサイクルを推奨します。
- 月1回、搬送事例と経過観察事例をカンファレンスで振り返る
- 搬送後の医療機関からのフィードバックを記録し、判断の妥当性を確認する
- 年2回、バイタル測定と判断シート運用の実技研修を実施する
- 誤判断が疑われる事例は個人の責任を追及するのではなく、基準やプロトコルの改善につなげる
こうした振り返りを重ねることで、職員の経験値に依存しない一貫した判断体制が施設全体に定着していきます。
まとめ
救急搬送の判断は、担当職員の経験や勘に頼るのではなく、数値基準とチェックリスト、そして医療職との連携プロトコルによって標準化することが可能です。過少搬送と過剰搬送の両方のリスクを理解し、判断シートを使った運用と定期的な検証を組み合わせることで、現場の迷いを減らし、入居者の安全と職員の負担軽減を同時に実現できます。